ネブタ2
2004
川内ネブタ 動画 その1 その2
川内ネブタ独特の囃子をお楽しみ下さい。
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その1でもお話したように、下北のネブタの歴史は古く、
藩政時代にはすでに行われていました。
ここでお見せする写真は、昭和30年代後半の川内町のネブタです。
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川内町は陸奥湾に面し、海を越えて津軽地方との交流がありました。
母の話では、昭和20年代、30年代のあたりでも、船で青森市に行くことがあったそうです。
母は田名部に嫁ぐまで「青森(市)の街は知っていても、田名部の街は知らなかった」と言っていました。
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母の話は一例に過ぎませんが、川内町では船を所有する家が多く、
他の家の人たちもこのようにして津軽地方へ出掛けていたのだと思います。
川内町だけでなく、脇野沢村の人々も同様であったと推測されます。
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西通り(川内町、脇野沢村)では「〜だけれども」の意味で「〜だばって」という言い方をします。
津軽弁の「〜だばて」と類似の方言です。
下北弁では「〜だばって」のほか、「〜だたって」を使います。
南部弁の「〜だども」とは系統を異にする言葉です。
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文化も言葉も人がいなければ伝わりません。
旧南部藩領にあって、南部と津軽が交差する場所・・・それが下北半島。
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ネブタが終わると神社の祭礼が待っています。
祭り、祭りであけくれる8月、9月・・・
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以上の写真のネブタは川内のネブタで、母が撮影したものです。
上から順に昭和39年営林署組(1、2枚目)、昭和39年菊池林業組(3、4枚目)、昭和38年大揚鉱山組(5枚目)

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